株式会社ヨシノ自動車

トラック業界”鍵人”訪問記 ~共に走ってみませんか?~ 第80回

株式会社家所亮二建築設計事務所 一級建築士 家所 亮二 様

株式会社家所亮二建築設計事務所 一級建築士 家所 亮二 様

「なぜ建築デザインなのか!? 30年後も生き続ける企業のためのナビゲーターとして」

今回の鍵人訪問記はヨシノ自動車の木更津営業所をデザインされる、建築家の家所亮二様をお迎えしました。これまでも何回か話題にあがってきたヨシノ自動車の木更津営業所ですが、かなりコンセプチャルなデザインになるようです。建築デザインを手がける家所様をお招きして、整備工場だけにとどまらない将来の可能性をはらんだ建築デザインのお話をお伺いしました。撮影場所は東京神田の神田蒸留所 BAR MOMENT。家所様が実際に手がけられた店内デザインとともに、30年後も意思を持ち続ける建築デザインの可能性と面白さに触れる内容となりました。また「なぜ建築デザインなのか」、イメージをきっかけに拡がる企業の可能性についても触れています。

編集・青木雄介
WEB・genre inc.

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家所 亮二(いえどころ りょうじ)様:
建築家。1977年生まれ。神奈川県出身。2012年House Place Architecture ssociation 設立。2014年株式会社家所亮二建築設計事務所に改組。現在に至る。

病院に見えない病院

___今回のヨシノ自動車の木更津営業所の建設は社史に残るビッグイベントだと思うのですが、まず建築家の家所さんとお知り合いになられたきっかけを教えてください。

中西:共通のお知り合いの方がいてその方から紹介を受けました。

家所:その方はもともと僕の上司だった方です。たまたまちょうど良いタイミングで僕が同じ木更津で病院のデザインをしました。その内覧に中西社長をご招待しました。その時にもう木更津に工場を建てられるということで、実際に病院に来て見ていただいたことが最初の出会いです。

___奇遇なことに、木更津で繋がっていたんですね。

中西:病院が出来上がったというタイミングも含めて、ちょうど共通の知人にあたる家所さんの上司の方と知り合ったのもその直前でした。プレゼンを受けてみながらも「実際に建築物を見てみたい」という思いがあったので、ちょうど良いタイミングが重なりましたね。

___その木更津の病院というのは、重城病院といって延床面積は3000㎡と広大なプロジェクトです。一見するとまったく病院に見えないですね。


© Ryoji IEDOKORO ARCHITECTURE OFFICE CO., Ltd.

家所:それが狙いでした。病院というのはどうしてもネガティブなイメージがあるのでそれをいかにポジティブなイメージに変換するか。たとえば好きなホテルに宿泊するとか、自然を求めてチルアウトするとか、それぞれが感じられるポジティブな非日常に置き換わることを目指してデザインしました。それに加えて木更津のアイデンティティであったり、地域に根差した要素を取り入れた建築デザインにしました。プライバシーは大事にしつつも、実際にはプライバシーが担保されていない窓が多い。窓は大きいけどすぐに道路や林家があるバルコニーがプライバシーを担保し、そこに開けるようになっていることを意図しています。

重城病院のデザインはコチラ

整備工場のイメージをデザインで変えること

___手術室もだいぶそれとは思えない、有機的なイメージですね。

家所:とはいえ、手術室はそれほど自分が口出しできる余地がなかったんですよ(笑)。

___設備面での要請があったということですね。かなり先鋭的な建築デザインですね。この病院を中西社長がご覧になられたということでしょうか。

中西:はい。これまで人生の中でそれほど病院と関わりがあったわけではないけれども、清潔で綺麗な病院がいくらでもある中で、一言でいうと異質でしたね。簡単に言うと病院ぽくなかったし、先ほど家所さんのおっしゃられた、ネガティブな要素を感じる空間や雰囲気がなかったので「すごく良かった」と思いました。病院のそれとはちょっと違うにしろ、トラックも整備工場は汚いとか、汚れるという明るいイメージに欠けていますよね。だからトラックの整備工場というイメージも、デザインで変えることができたらいいなと思いました。

___社長の中で、そのイメージの素になるような建築デザインはあったのでしょうか。

中西:特にありません。整備工場はあくまでも綺麗にして使うという同業者のイメージはあったんですよね。例えば床を全部ブルーにしてみたり、整備工場は得てして緑色が多いんですけど、油汚れが1滴でも落ちればそれをすぐ綺麗にできるようなカラーリングにしているような工場は多いです。それらはどちらかというと無機質なイメージですよね。コンクリートと鉄、それとステンレスなんかのイメージです。現実に必要性は色々あるにしろ、そうではないイメージにしたかった。ちょっと漠然としていますけど、最初はそんな感じでしたね。

___家所さんは中西社長のイメージを聞いて、最初に浮かんだ整備工場のイメージはどんなイメージだったのでしょうか。

家所:僕はあまりパッとイメージしてデザインを考えるような作り方はしていません。工場が「どうあるべきか」ということを考えますし、トラック整備工場といえばそうなんだけれども工場の機能とは別に、ヨシノ自動車さんがロジスティック全般に対して「どう業界を引っ張っていくか」というリーディングカンパニーのようなポジションにあることも分かっていました。さらに言えば将来もずっとトラックの会社なのかといえば、そうじゃない可能性もある。よくよく中西社長に話を訊いてみると、今後はトラック以外の方向性に舵を切ることもできるんだろうな、と。現状はトラックの整備工場だけれど、ロジスティック全般に方向性は向けられている。整備工場の機能を満たしていなければいけないけれど、その先の事業の拡張に合わせての併用にも対応できるイメージ。「その可能性がある」ということがデザインで意識した部分ですね。

「工場」という当たり前のイメージからスタートしない

___例えば何かのきっかけで会社の業態が変わって違う業種を手がけるようになったとしても、それを受け入れられる器でありたいということですね。

家所:そうですね。おそらく整備工場だけでデザインしてしまうと併用には耐えられず、どうやってもトラックを扱わざるを得ない感じになってしまいます。でも建築の耐用年数で30年というひとつのスパンで見た時に、トラック業界のすべてが変わると思えないんだけれど、軽量物はドローンで運ばれていたり、そういう未来は想像できるなというところはありました。その未来も許容できるような構成だったり空間や環境にはしたかったですね。

___残念ながらこの記事が公開される10月中旬の時点では、デザインをお見せすることはできません。でも家所さんの手がけた病院が、まるで病院とは思えないような建築であるのと同様に、これまでのトラックを扱う整備工場とは似ても似つかないデザインです。
現段階の構想では、まるでホテルのようなデザインですね。

家所:整備工場は油汚れだったり汚いメージがあると思うんです。環境として良くないイメージもあるでしょう。工場だけなら普通で別に問題はないんですが、将来を考えていった時に当然、エンジニアや優秀な人材が必要になってきます。そうすると、より良い環境が真っ先に選ばれるんですよね。このデザインはその辺りにも寄与するかなと思っています。工場然としないところで働くというのは、工場で働くことを決めている人にとっては新しい経験だし、人が集まりやすい環境になるのではないか、と。どの業界も人材には苦労していますよね。他に「こういうところがない」ということであれば、なおさら働く環境に優先順位を高く持つ人も出てくるはず。そういう感度の高い人材が集まりやすいかなと思いますね。

___確かに、その通りだと思いますね。中西社長はこのデザイン案を見た時、どのように感じられたのでしょうか。

中西:まるでイメージしていなかったというか、想像もしていなかったデザインでした。依頼している当事者が驚いているわけですから、こういった経緯を知らない方が観たら誰も整備工場だとは思わないでしょうね。ただ家所さんのこれまでの作品を見ていたという経緯があったので、想像より大きくかけ離れているデザインというわけでもないです。素材だったり、色合いだったり、インテリアに木材が使われているところだったり「家所さんらしいデザインだな」と思いました。

___たしかに木材がふんだんに使用されていました。実際に木材が多用されるイメージでしょうか。

家所:そうですね。工場となった時はプレハブ感だったり、イメージするものは人それぞれあると思うんです。そのまま工場をイメージすると多分、これまでの働き方だったり悪いイメージを引っ張ってきてしまうと思うんです。木更津の病院と同様に、それらをポジティブなモノに変えて行きたかった。その方がいいんじゃないかな、と。我々、設計側も「工場ですね」と変な当たり前からスタートしちゃうと、工場というイメージから逃れられません。皆が知っている「工場」というところから始まってしまいます。「そうである必要はないよね」というところからスタートしたかったんです。

ヨシノ自動車の「あるべき位置」とは

___なるほど。働く環境をイメージしての設計だったんですね。

家所:そうですね。やっぱり整備だけではなく、デスクワークされる方もいらっしゃいますし、その方々の環境を考えなければいけないところもあります。そして温かみを、整備空間にも取り入れていきたかったんです。鉄という素材だったり、仕事内容それ自体がハードなイメージがある中で、そこを払拭するという意味も含めて、イメージしましたね。

___見してこのデザインは、どんな会社かは分からないですが、会社として大きな変容を遂げるイメージがありますね。

家所:やっぱり中西社長だったり、ヨシノ自動車さんの業界での認知のされ方というところが大きいですね。僕もトラックショーに2回ほどお邪魔したのですが、イベントにおいて業界のトップランナーとして認知されていました。そこにふさわしいじゃないですけど、そういう象徴となるような「ハード(器)が必要なのではないか」とは思いました。そうすると業界の人たちが集まってくる場所になるはずなんです。業界を主導するという意味でもそうだし、人と情報が集まる場所でなければいけないしそのポジションを確固たるものにしていただくためのデザインというかイメージですね。

___なるほど。家所さんとしては木更津工場で、病院も含めて2つの建築デザインを手がけたということになりますよね。たとえば「木更津らしさ」のようなものは意識されたのでしょうか。

家所:いえ。病院に関してはずっと地域に根差してきた病院という意味もあるので、そのあたりは意識しましたが、ヨシノ自動車さんの場合は工場という概念を変える方向に注力していますね。木更津の方は化石の地層が有名だったりしますので、塗り壁でそういう土物を使う可能性はあります。ただ会社としてはもともと川崎の方で操業されていたわけですから、木更津というよりヨシノ自動車さんそのものとしてイメージしています。

10年先の会社のイメージを建築デザインに託す

___あくまでも現段階で、ですが、中西社長が託したいイメージを教えてください。ヨシノ自動車として、木更津営業所を今後「どうしていくのか」という点に大きく関わってくると思うのですが。

中西:会社がスタートした川崎でも、現状はもう工場のキャパオーバーなわけです。それももう6年前ぐらいから始まっていた話です。その間、ずっと違う拠点を探していました。その意味では木更津というのは後づけで、川崎からも近いし、かかるコストも理にかなっているということです。今のところ、千葉のマーケットを開拓したいとか、そういうのはないんです。あくまでも川崎のバックヤードというか、バックグラウンドが川崎にあって木更津がある位置づけですが、今回、建物をここまで手を入れるということにはそれ相応の意味があります。冒頭の家所さんの話じゃないですが、弊社の事業をこのまま展開し、成長させていくのは5年、10年が「限界かな」と思っているんです。社員が倍になる、売上も倍になる、そういう事業モデルはもう限界です。そういった意味では10年先を考えなければいけない。正直な話を言うと、何も思い浮かばないわけです(笑)。

___(笑)

中西:ただそこに「人が集まる」というコンセプトがあれば、同業の仲間だけじゃなくてクリエイティブな人もそうだし、全然違う異業種の経営者も含めて、コミュニティの場を創ることができれば、自分の能力だけじゃない人との出会いの中で、思い浮かぶ「創造があるんだろうな」と期待しているんです。だから木更津の目的は2軸あって、1つは足元の事業を安定的にさらに拡大させるための場所であるけれども、10年以上先は見えない、何か新しいものを生み出すための、変化を起こしだすための場所として考えているんです。

デザインが会社にもたらすものとは

___なるほど。建物にポテンシャルを込めているんですね。そもそも中西社長の建築に対する考え方というか、仕事をする場所だったり、環境というものは「どうあるべき」と考えていたのでしょうか。

中西:建築もそうだし、実は車のデザインもそうなのですが、前から好きではあるものの、すごくこだわるほど大切か、と言ったらあまりそう思っていないところがあるんです。洋服でも何でもそうなのですが、形やデザインとして表現するものには興味はあるけど、すごく大きなこだわりはないんです。ただ時代背景もあると思うんですが、自分がこの仕事を始めて、もともと私も異業種から来ているので、トラック業界それ自体が外から見ていても「あまりいいイメージは持たれてないな」と思っていました。ダサいとか、いかついとか、自分もその業界の一員である割には「イメージが悪すぎる」というのはずっとありました。

___いわゆる3K(きつい、汚い、危険)の時代から、ずっと言われ続けてきたイメージですよね。

中西:現在の川崎の建物もそうですが、シンプルに作っているイメージですし、まずはプレハブやトタンじゃないところから始めたかった。あそこで十数年やってきて、こういう飲食店もそうなんですけれど、空間が良いと、そこで出てくるお酒や食事も相乗効果として美味しく感じられますよね。もちろんその内容が良くなければ意味はないとしても、それだけでも体験としてデザインが与えてくれる効果というのは大きいと思ったし、特に我々が現在Web サイト上でいろんなコンテンツをやっているのも、すべてはイメージですよね。鍵人訪問記を1本あげたら、いくら売上が上がるというようなコンテンツではないですよね。

___残念ながら(笑)。

中西:ただそれらを長くやってきたら、勝手に評価が上がってきている種類のコンテンツなわけです。そうした中で、我々もデザインというものが「いかに大事なものなのか」というのが分かってきたんです。だからこそ、さらに「もう一歩踏み込みたい」というのが今回の核心ですね。

焦らず、納得できるデザインで

___たしかにそのたとえは分かりやすいですね。これは建築デザインの醍醐味でもあるのですが、先日の極東開発さんの社屋もそうでしたね。あのデザインによって30年間以上も働く人たちにプライドを与えているというのは素晴らしいことですよね。

中西: そうですね。本当にお堅い一部上場企業が、30年以上も前にあのデザインで本社屋を作ったというのはすごいことです。挑戦していますよね。

___結果的に、あのデザインが30年以上も経った、この時代の目にも耐えうるデザインになっています。やっぱり建築デザインの凄みは、30年以上経っても目新しい物であったり、驚きを与えてくれたり、そこに暮らす人の拠り所となる点ですね。

中西:友人が建築のデザインなんかをしていて、ここ10年ぐらいはなんとなく建物に興味がありました。彼らがSNSに上げているのを見て、日本にも興味深い建築が「こんなにあるんだ」と思ったんですよね。自分はどんな建物が好きというのはないんだけれども、安藤忠雄さんのデザインや隈研吾さんの建築デザインとかは全部好きですね。

___日本の巨匠であり、世界で通用しているアーティストとしてもすごいですよね。建築は世界の共通言語でもありますし。さて現在、まさにデザイン案や予算など佳境に入っているところだと思うのですが、おおよそのスケジュール感として、いつぐらいまでに作るイメージなのでしょうか。

中西:いつまでぐらいに作りたいかと訊かれれば、「1日でも早く」となるんですが(笑)。片方でいつまでに作らなければいけないという完成期限のプライオリティが高いわけではないんですよ。そこにはちゃんと設備を揃えたいし、デザインも納得いくまで詰めていただきたい。ここをしっかりとクリアしない限りは、着工が半年先になってしまうかもしれないしそれ以上先になってしまうかもしれませんね。イメージは来年の春ぐらいではありましたが、焦らずじっくり腰を据えてやりたいですね。

撮影協力: 神田蒸留所 BAR MOMENT https://www.bar-omocafe.com/

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