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私がボルボトラックを選ぶ理由 ~シリーズ第3回 ボルボ・ドライバー 遠藤匡信様 | トラック業界“鍵人”訪問記 第22回 ヨシノ自動車

トラック業界”鍵人”訪問記 ~共に走ってみませんか?~ 第22回

私がボルボ・トラックを選ぶ理由 ~シリーズ第3回 ボルボ・ドライバー 遠藤匡信 様

私がボルボ・トラックを選ぶ理由 ~シリーズ第3回 ボルボ・ドライバー 遠藤匡信 様

私がボルボ・トラックを選ぶ理由 ~シリーズ第3回 ボルボ・ドライバー 遠藤匡信 様

ボルボ・トラックに乗るドライバーは、ベテランの方が多くなる傾向があります。ドライバー不足の昨今では、運転経験も豊富ないわゆる“わが社のエース”に「ボルボを乗って欲しい」という傾向があり、今後、その傾向は加速していくと思われます。とはいえ、SNSを見ると最近、ボルボ・トラックに乗る若いドライバーが増えていることにも気づかされます。彼らは与えられるのではなく、自分の目でボルボを選んだドライバーばかりです。若くしてボルボ・ドライバーとなった遠藤さんも、そんなひとりです。大変な仕事だと知っていたから、ドライバーはしたくなかったという遠藤さんが、なぜボルボのハンドルを握るようになったのでしょうか? そこには遠藤さんのボルボ同様に、運転手として生きる不退転の覚悟が刻まれていました。

写真・薄井一議
デザイン・大島宏之
編集・青木雄介

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きっかけは乗っていたトラックの故障癖

____遠藤さんはどのような経緯でドライバーを始めたのでしょうか。

遠藤:最初は横乗りから始めて、フェリーの作業を覚えていきました。運転手になる前に仕事のきつさを覚えさせられました。やっぱりバラ積み(手積み)はできません。シート掛けはできません、では仕事にならないですから。すべて作業を覚えるための修行のようなものでした。それを5ヶ月ぐらい行って、大型免許とけん引免許を取得して、さらに2ヶ月ほど経験者に一緒に横に乗ってもらって、独り立ちすることが出来ました。

____最初からボルボに乗られたんですか。

遠藤:いえ。最初は国産から始めました。そのトラックはまだ5年落ちぐらいで走行距離15万キロぐらいでしたね。その国産トラックの故障にものすごく悩まされました。本当にありとあらゆるところが壊れて、エンジンもミッションも載せ替えるような有様でした。本当に自分はその国産ブランドが大好きだったんです。父親であり社長がずっと乗っていたものですから、そもそも憧れをもっていました。でももう壊れすぎて、嫌になってしまったんです。

____それは困ったトラックですね。

遠藤:故障をするたびに毎回、荷物を載せ替えたりしていたし、修理している間は仕事も出来なかった。そんな時に専務が乗っていたボルボに乗る機会があり、一気に惚れ込んでしまいましたね。専務に「仕事終わったんだったら手伝いに来いよ」と言われて、初めて横に乗った時にその内装を見たんです。その瞬間に「なんだこれは」と驚いちゃいましたね。 ウォークスルーで室内は広々としてますよね。僕は車が大好きで、もともとカスタムが大好きなのですが、「これはもうたまらないな」と思っちゃいましたね。「俺はボルボだ」と、そのとき心に決めました。

一番気に入ったのは乗り心地

____内装にまず惹かれるお客さんは多いですよね。

中西:そうですね。そこがやはり国産とは全く違うところですものね。

遠藤:もう乗ったら戻れないですよ。それで一番びっくりしたのが乗り心地ですね。キャブの安定感がたまらなかった。自分はキャデラックのエスカレードに乗っているのですが、それと変わらない、ふわっとした乗り心地の良さ。路面の段差でもガタガタと衝撃が伝わってくることがないですよね。国道357線の葛西のあたりを走っていると、国産のトラックだとつなぎ目がすごく不快なのですが、ボルボはまったくそれを感じさせません。衝撃で中のものが暴れたりするのですが、ボルボは絶対ないですね。

中西:それはボルボのキャブサスの効果ですね。

遠藤:本当にすごいなと思ったんですよ。 安定感も「すごいな」と思いましたが、とにかく乗り心地の良さです。 高さは初めのうちは「ちょっと怖いな」と思いましたね。高い分だけ車幅が広く感じられてしまうんですよね。でもすぐ慣れました。

____遠藤さんのようなお若い方が、ボルボを乗られるケースはあまりないですよね。

中西:はい。ヨシノ自動車のお客様の中でも、遠藤さんはダントツにお若いドライバーですよね。 本当にボルボはドライバーの最終地点みたいなところがありますけれど、遠藤さんのようなお若い方に乗っていただけるのは素晴らしいことだと思いますね。遠藤さんに憧れを持って、トラックドライバーになってくれる方も多くなるかもしれません。

仕事はフェリー便など地場が中心

____そうですね。絶対憧れてしまいますよね。

遠藤:それはどうでしょう。仕事のきつさを知ったら「やりたい」とは思わないと思います(笑)。 友達は、自分の仕事が忙しくて遊べないことも分かってくれてますから「やりたい」とは言わないです。逆に「自分の乗りたいトラックに乗れる」という意味で、「うちの会社はいいよ」と誘うことはあります。「自分で働いたぶんだけ稼げるよ」と。でも経験者以外は、やはり安定した生活を選ぶのではないかと思います。

____そんな遠藤さんの仕事のサイクルを教えてください。

遠藤:本当に日曜以外は全部、働いているような感じです。もちろん法定の労働時間内で働いていて、平日が休みになることもあります。日曜も祝日も働く時は働きます。仕事はフェリー便がメインで、海上コンテナも運びます。他にはイベントの仕事なんかで、たまにスポットで入ったりしていますね。

____遠藤さんはお父さんの仕事を見てらっしゃって、その大変さは理解されていたと思うのですが、なぜ運転手を選ばれたんですか?

遠藤:もともと自分は整備士を志していました。でも思うようには稼げなかったんですよね。アメリカ車の整備士をやりたかったんです。学校はそういう仕事を斡旋はしてくれなかったので、自分で探したんですが給料が、とにかく安かったんです。交通費がでない。残業費がでない。ボーナスもない。これでは「生きていけないな」と思っちゃいました。車の整備は好きだけれど、「自分の車の整備が出来ればいい」と思ったんですよね。

父親と同じ運転手を選んだ理由

____確かに、それなら好きな整備だけ出来ますものね。

遠藤:それで目標がなくなって、「何をやろうかな」とすごく悩んだんです。それが自分の原点かもしれません。自分は学生の頃からバイトは何でもやってました。それで「何をやろうか」と考えた時に、やはり「体を動かしたい」と考えたんです。自分はスーツを着るより、「作業着を着て仕事をしているのが好きだな」と思っていましたから。やはり「車関係は離れられないな」と考えて「運転手をやってみようかな」と思いました。

____ついにその気持ちが芽生えたのですね。

遠藤:はい。そこまでは正直に言うと、やりたくありませんでした。父親の生活を見ていると、朝は早いし、夜も遅い時はあるし、帰ってこない時もある。自分にとって一番近い職業ではあったんですけれどね。「俺はそこには行かない」と決めていました。親も反対していました。「お前にこの苦労はさせたくない」と、いつも言ってましたからね。子供には普通の生活をさせたかったんだと思います。でもそうやって悩んでいる時に、「自分がこの父親の会社を大きくしてやろう」という気になったんですよ。それですぐ両親に、その決意を話しました。「俺、この会社で運転手やるわ」って。最初、父親は反対していました。でも「なんでもやるから、俺に運転手をやらせてくれ」と頼んで、そこから何もかもが始まりました。

父親から学んだことを支えに

____それ以前も手伝うようなことはありましたか。

遠藤:高校生の頃からバラ積みの手伝いはしていました。シート掛けも手伝ったりしてましたね。ハンドルを握るようになって、横に乗ってもらってからも、父親にはものすごく色々言われました。でもそこで厳しく教えてもらったおかげで トレーラーに乗り、バラ仕事も、シート掛けも同年代の運転手よりやれる自信がつきました。それは父親に厳しく教えてもらったからだと思っています。そうやって40年間の運転手の経験を、自分に注ぎ込んでくれたんだと思っています。 今でも、もちろん怒られているんですよ(笑)。自分の姉は会社の専務でボルボに乗っています。次女の旦那さんも元運転手なんですよ。みんな運転手をやりたいと言って、社長に怒鳴られながらここまでやってきている。社長は一番稼ぎますし、シート掛けもものすごく綺麗です。社長は尊敬できますね。父親としても、運転手としてもすごく尊敬しています。

____やはり運転手になってみて良かったですか?

遠藤:良かったですね。正直、相当にきついし、遊ぶ時間もなければ趣味に当てる時間もなくなっちゃいますけど、やりがいを一番感じられる仕事ですね。父親もそうですが、運転手が作業している後ろ姿って格好いいですよね。以前はやりたくなかった仕事だけど、やってみて心の底から「格好いい」と思っています。親の背中を見るじゃないですけど、「あんな父親になりたいな」って自分でも思うんですよね。

ボルボとともに叶えたい目標

____理想的な家族であり、運転手ですね。

遠藤:だから運転手になったことは、まったく後悔してないし、「自分も会社も、もっと大きくなるんだ」って思っています。自分は近い目標は嫌なので、とにかく会社を財閥のような大きな組織にしたいんです。たとえ自分の世代が無理だとしても、自分の子供の世代が、会社をさらに大きくしてくれるような。自分がそれを、どこまで近づけられるか。2代目の自分がどこまで上りつめられるか。だから仕事も全部、営業だと思っていますし、ちゃんと仕事をする会社として知名度を広めて、良い運転手を集めて台数を増やして、株式会社にして、40歳になるぐらいまでには運転手として叩き上げていきたいですね。

____夢がありますね。遠藤さんが社長になったとして、他の運転手にもボルボを勧めたいですか?

遠藤:はい。勧めたいですね。勧めたい理由は、「ヨシノ自動車で買ったから」ということもあるんですよ。自分にはディーラーの友達がいっぱいいます。日野にいすゞ、UDとどこもディーラーでの接客を体験したことがあります。でもヨシノ自動車さんほどお客さんとフレンドリーに、コミュニケーションできるディーラーさんはないんですよ。整備士の皆さんも、自分の顔を見れば挨拶してくれるし、自分にとってはまずそこが大きいですね。

ヨシノ自動車への共感とは

____会社としてのヨシノ自動車を。気に入っていただけているんですね。

遠藤:はい。ちゃんとコミュニケーションできて、「人として付き合える会社」というのが僕は大好きですから。あるディーラーに行ったら、こっちが挨拶をしても挨拶をし返さない。言葉遣いもなってない。前もって連絡してるはずなのに部品も入っていない。ボルボを別としても、自分は「やっぱりヨシノ自動車を選びたいな」って思うんですよね。会社に属していない個人のドライバーさんとかは、特にそういうところが大事だと思うんですよね。

____他にボルボを勧めたくめたくなるような所はありますか?

遠藤:そうですね。立って着替えられることとかは最高ですよね。(自分もそうでしたけど)国産に乗ってる人からすれば、やっぱり憧れますよね。

____普段から洗車は、よくされていますか?

遠藤:たとえ午後から雨になるとわかっていても、ホイールはしっかり洗うようにしてますよ。晴れて時間があれば、必ず洗車はしていますね。

山口から無給油で帰ってこれるボルボの低燃費

____燃費はどうでしょうか?

遠藤:ボルボは燃費がいいですね。たった1回の給油で山口からノンストップで帰ってこれました。本当にエコ運転を心がければ、熊本からだって帰ってこれると思います。山口の時は、時速90 km のオートクルーズ状態でした。給油のたびにスタンドに寄るのでは大変ですから、その点も楽ですよね。一緒に走った国産に乗ってる人は2回入れてましたけれど、僕は山口で1回入れたきりで関東まで戻ってきました。

____ちなみにボルボのドライバー同士のコミュニティなどはあるんでしょうか?

遠藤:ありますよ。今度、「みんなで親睦会をやろう」という話にはなってます。たまに立ち話をすると「あれ変えたんだよね」とか「これ変えたんだよね」なんて話し合うのは、すごく楽しいですね。

____ヨシノ自動車でも、そういうコミュニティを運営したりするのは楽しいかもしれないですね。

中西:コミュニティ運営をするのは良いですね。今でもたまの土曜日なんかは、ボルボのドライバーさん同士が整備工場で顔を合わせて話されたりしてますよ。僕はそういうのが好きだし、ボルボが並んでいる姿を見るのもすごく好きなんです。

ヨシノ自動車がとりもつボルボ・コミュニティ

遠藤:この間、ヨシノさんでやっていただいたバーベキューなんかも、そういうコミュニケーションの場としてはすごく良かったですよ。普通のディーラーではやらないですから。そういうところも個人的にはヨシノさんの強みだと思っていますし、だからこそ他の運転手に紹介したくなるんですよね。

中西:ありがとうございます。あのバーベキューは本当に皆さん、よくお集まり頂きました。

____みんな笑顔だったし、お土産でお肉を持ってきてくれたりとか完全に家族的でしたよね。

中西:むしろお客さんの方がバーベキュー慣れしているので、恐縮してしまったぐらいです(笑)。

____ああいう場に来てくれるのも、ボルボのお客さんならではって中西社長もおっしゃってましたよね。

中西:はい。そうですね。ボルボのお客さんならではのコミュニティができてましたよね。

____そんなヨシノ自動車が始めたカスタムライン「ファストエレファント」はどうですか?

遠藤:まだ僕はちゃんと活用できてないです。いずれ色々やりたいですね。今後もカスタムパーツをバンバン入れて欲しいです。

中西:頑張ります(笑)。バージョンアップしなきゃですね。

ボルボに乗っていると感じられる仕事へのやりがい

____ここまですごく良い話ばかりなのですが、逆にボルボの欠点というか「ここには困らせられた」ということはないですか?

遠藤:いまインジェクションの調子が悪くて、エンジンのかかりが悪いですね(笑)。でも、困ったことは本当に無かったんですよね。やっぱりボルボは乗ってると楽しくなりますからね。心の中がモヤモヤしていても、ボルボに乗っていると消えていっちゃってるんですよね。乗ってることで優越感もあるし、やりがいも感じられますからね。

____他のトラックに行きたい気持ちはないですか?

遠藤:全くないですね。ただ本当に海外から何でも持って来れるんだったら、ダフを持ってきてほしいんですよね。ダフは将来、乗ってみたいっていうのはありますね。

中西:ダフは良いですよね。ボルボ・トラックも今後はトラックの種類を増やしていきたいと考えてはいるようです。

____リジットがまた復活するといいですね。遠藤さんとしてはボルボ・トラックが増えていくのはどう思われますか?

遠藤:全然、良いですね。みんなで仲良くやっていきたいです。

中西:弊社ではだいたい年間40台程度、ボルボを販売しているんですね。 ただ弊社としては年間多くとも60台ぐらいに抑えておきたいと考えているんです。それは現状でこれ以上、売ってしまうとボルボ・ブランドの価値が下がるような気がしてしまうんですよね。売上と利益は上がるのですが、片方でボルボ・ブランドのステータスを下げたくない気持ちもあります。

新型FHに高まる期待

____それはきっとFH 16のようなフラッグシップが日本にはないからですね。

中西:そうです。FH16はシングルで750馬力ですからね。 日本で観てみたいですよね。

遠藤:僕は1回だけスライド(すれ違うこと)したことがあるんですよ。ヘッドライトが FH 16で。まさか本物ではないですよね。

中西:それは FH16風だと思います(笑)。現状だとちょっと車検が通らないですよね。ヨーロッパでは40フィートを3連結して FH 16で牽くんですよね。

遠藤:向こうのロード・トレインってすごいですよね。「いったい何台つなげるんだろう」って。FH 16には乗りたいですけど、バックになると2連結でもキツいので、自分は引っ張って走りたくないですね(笑)。

____でも新型から搭載されるボルボ・ダイナミック・ステアリングだったら、たぶん直進バックも OK かもしれないですね。ハンドルなんかすごく軽くなるんですよ。

遠藤:今のボルボのハンドルが軽くなるのは嬉しいですね。乗ってみたいです。

中西:今度、新型をぜひ試乗してみてください。来年、試乗会も予定していますので。

遠藤匡信(えんどう まさのぶ)
1992年、東京都出身。2014年有限会社三枝商会入社。現在、ボルボドライバーとして活躍中。
※遠藤の藤は草かんむりの間が離れた離れ藤。出力できない文字なので藤を当てています。

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