株式会社kmftsコーポレ―ション ボルボ・ドライバー マズール・オズワルド 様

トラック業界”鍵人”訪問記 ~共に走ってみませんか?~ 第29回

株式会社kmftsコーポレ―ション ボルボ・ドライバー マズール・オズワルド様

株式会社kmftsコーポレ―ション ボルボ・ドライバー マズール・オズワルド様

「私がボルボ・トラックを選ぶ理由 ~ 第5回」

シリーズ「私がボルボ・トラックを選ぶ理由」に今回、ご登場いただくのはブラジル人ドライバー、マズール・オズワルド様です。明るく陽気な性格に、人懐っこい笑顔が魅力のマズールさんはボルボ・ドライバーの間では有名人です。エアブラシで描いたアメリカンイーグルがトレードマークのボルボFH。マズールさんのボルボは大井ふ頭で仕事をされている方なら、一度は見かけたことがあるかも知れません。ヨシノ自動車でボルボの整備を担当するアルフレッド中渡瀬と2人でいると、背格好も釣りあっていて、まるで兄弟のように見えます。今回はマズールさん自慢の愛車紹介とともに、ブラジルを離れ日本で働くマズールさんのミステリアスな一面も探ってみました。

写真・薄井一議
デザイン・大島宏之
編集・青木雄介

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マズール・オズワルド様
1973年ブラジル生まれ。1996年、初来日。2009年より大型トレーラー乗務員として株式会社kmfts(ケイエム・フィッツ)コーポレ―ション入社。現在に至る。
株式会社kmfts(ケイエム・フィッツ)コーポレ―ション

最初は身構えた!?

____最初にマズールさんにお会いした時の印象を教えてください。

中西:マズールさんのことは営業も整備も元々、みんなよく知っていました。お客さんというような堅苦しい感じではなく、社内のイベントで初めてお会いして紹介されました。こう言っては失礼ですがフレンドリーに接していただけるので、いまだにお客さんという感じはしないです(笑)。

アルフレッド:僕は営業から新型ボルボのお客さんとして紹介されました。それがマズールさんでした。でも最初は、そんなに仲が良くなかったんです(笑)。たぶん外国人同士だから壁があったんだと思います。すごく綺麗好きな運転手さんと聞いていたんで、ちょっと身構えちゃったところもあります。それで新型ボルボをご購入いただいた時に、納車前のいろんなリクエストを聞いているうちに、仲良くさせていただくようになりました。そのときにはもう、「同じ匂いがする」という親近感でいっぱいでしたね(笑)。

マズール:こんな優しい男なのに、何がこわかったの(笑)?

中西:アルはこう見えて、人見知りでシャイなところがあるんですよ(笑)。

マズール:それは私も一緒です(笑)。もともと最初からボルボは好きで、その前に国産に乗っていたのですが、将来は絶対、「ボルボに乗りたい」と思っていました。友人が川崎にヨシノ自動車という会社があるから「そこに行ってみるといい」と言ってくれて、一緒にイベントに参加したのが初めてです。最初、「アルゼンチンの人がやっている」と聞かされていたんですよ(笑)。実際はペルー人でしたけどね(笑)。ちょうどボルボのイベントがヨシノでやっていて、その時に初めてアルと話をしたのかな。

ボルボになって、トラックに引っ越しした!?

____マズールさんが「ボルボを欲しい」と思ったのは、どんな点が良いと思ったんですか?

マズール:まずかっこいいし、中の空間が広くて、とても良いですよね。

____国産の選択肢はなかったんですか?

マズール:どうせ乗り換えるなら「ボルボがいい」と思っていましたね。本当いうと、最初はスカニアが欲しかったんですよ。ブラジルで走っているのも、スカニアが多いんですよね。でも社長から「悪いんだけどボルボにして」と言われたんです。それは社長が、ヨシノさんをよく知っていたからだと思うんですけどね。

____ボルボにしてみて良かったですか?

マズール:うん、良かったです。まず乗り心地が良いし、家が遠いのでよく車中泊もします。空間が広いので、ストレスがないんですよね。国産でも車中泊はよくしていました。でも10時間寝ても翌日、すごく疲れが残っていました。でもボルボは4時間、5時間寝れば十分なんですよ。疲れがちゃんととれています。今では冷蔵庫もあるし、テレビもあるし、環境的には他に何もいらないんですよ。 「君はトラックに引っ越しをしたのかな」と奥さんに言われたぐらいですよ(笑)。私は長距離ドライブが大好きなんです。毎回、長距離だったらいいなと思うぐらいなんです。

本当はスカニア好き!?

____理想的なトラックドライバーですね(笑)。

マズール:ほとんどの仕事は大井ふ頭の中で終わっちゃうから、ボルボで仕事するにはちょっともったいないんですよね。でもたまに九州に行くときもあるし、浜松にも毎週、行っています。それはオール下道(一般道)なんですが、ボルボで行く長距離は本当に素晴らしいです。

____燃費的にはどうですか?

マズール:素晴らしいですよ。浜松まで下道で走って、リッター3.5キロぐらいかな。ボルボがいいのは排気ブレーキを、最大にしてかけ続けているとシフトがニュートラルになってくれるんですよね。それで長い下り坂なんかを走ると、ものすごく燃費が良くなるんです。

____アフターサービスでは、ヨシノ自動車はどうですか?

マズール:真面目な話ですが、本当にいいですよ。なんか疑問があればすぐ教えてくれるし、アルに電話すれば「すぐ持ってきてください」と対応をしてくれます。私は絶対、次もボルボですね。

____マズールさん的には、「ヨシノ自動車がスカニアを扱ってくれたら、なお良い」という感じでしょうか(笑)。

マズール:うーん。スカニアはもっとディーラー網が充実しないとちょっと怖いかな。部品がなかなか来ないとかは、ちょっと困りますよね。やはり仕事の道具なんで。ほんと新型もスカニアは格好いいですよね。友達もスカニアを買ったばかりだから見せてもらうと、「本当に格好いい」とは思うんだけどね。

ボルボとスカニアの考え方の違いとは

____やはりもっと浸透しないと、そういったサービス網というのはなかなか拡充しないんですかね?

中西:スカニアは少しずつディーラーも増えているんですよ。ただ現状で全ての都道府県にあるわけじゃないから、不安になってしまうかもしれないですね。行く場所が、路線便なんかで決まっていれば大丈夫だと思うんですけどね。

マズール:社長、質問です(笑)。なぜボルボはスカニアみたいにエアロディフレクターとか基本のドレスアップパーツが全部、最初からついてないのですか?

中西:これはメーカーの考え方ですね。多分、ドノーマルのボルボの方がその分、スカニアより安いんだと思いますね。スカニアと同等のドレスアップパーツをつけても、スカニアとボルボの値段は大きくは変わらないと思いますよ。

マズール:そうですか。ボルボはノーマルでもいいんですけどね。

最初は夫婦で日本に来日

____ではそろそろマズールさんが、日本に来た経緯を教えてください。

マズール:僕はもうすぐ46歳になるのですが、17歳のときにブラジルで日系二世の女性と知り合ったんです。当時はブラジルで経済的に非常に苦しかったんです。その時に日本に来る予定でいたんですが、子供も出来ちゃったものだから、22歳まで待ちました。当時の日本はすごく景気が良かったので、日本で夫婦で1年ぐらい働いて、ブラジルに帰って「家でも建てようか」という気持ちでいたんです。それが1996年の3月ですね。最初に来たのは石川県です。奥さんも、私も日本語は全く分かりませんでした。日本の冬が寒いことも知らなかったくらいなんです。Tシャツ一枚で名古屋空港に来て、あまりの寒さにびっくりしました。当時、こっちに来る旅費は働いて返すことになっていました。私たちは仕事内容も全く知らずに来たんですが、やらされた仕事は、とにかくひどい仕事でした。歩合制でとにかく数をこなさないと、お金になりませんでした。それこそ私と奥さんは奴隷のように働きましたよ。

アルフレッド:休みはなかったんですか?

マズール:日曜は休みだったよ。力仕事だから男性は仕事のコツなんかもすぐつかめたんですが、女性にはかなり厳しかったと思います。ほんと仕事は地獄でした。名古屋の空港に着いた時点で、パスポートも取り上げられてしまうし、もう逃げられないですよね。

____それは酷い。何年ぐらいやられたんですか?

マズール:毎日夫婦で喧嘩して、泣きながら死に物狂いで働いて、半年ぐらいでその仕事を辞めました。

日本で新しい出会いがあった

アルフレッド:半年!早いですね。

マズール:本当はもっとかかるはずだったんだけど、生活費から何からすべて借金にあてました。それでパスポートを返してくれたからサヨナラです。それから奥さんの妹夫婦が秦野に住んでいたので、そこに移り、その後に平塚に住み始めました。でも、それぐらいで離婚しちゃったんです。

一同:ええーーー!?

マズール:その時はブラジルから5歳になる息子も呼んで、3人で暮らし始めていたんですが私が家を出ました。離婚の理由は奥さんにあったんですけどね。それで一人暮らしをしながら週末は子供に会うような生活を続けました。でも前の奥さんと別れてすぐぐらいに、現在の奥さんと知り合うことができました。まだ26歳ぐらいですよ。そこから一回、ブラジルに帰ったりいろいろあったんですけど、2人の新生活を横須賀で始めました。ちゃんと現在の奥さんと結婚したのは2006年かな。それからしばらくして、追浜にマンションを買って近くの工場で働いていたんですけれど、「日本人と結婚してずっと日本にいられるのに、もっと他の仕事がないかな」と考え出したんです。

大型免許を取って、意外にもトレーラードライバーに

____分かる気がします。

マズール:やはり「60、70歳まで働けるような仕事がしたい」って思ったんですね。「何が好きかな?」と思って「私はやっぱり運転が好きだ」と思ったんですね。それで大型免許とフォークリフトの免許を取りました。当時の私は日本語がもっとダメでした。でも求人誌のガテンを見ながら、大型の運転手に応募しまくりました。でも「外国人はダメなんで」と、いっぱい断られました。 ある本牧の運送会社に行ったら「来てください」と言ってくれたんで、奥さん連れて面接に行きました。そこで「トレーラードライバーだったら採用してくれる」と言うんですね。それで仕方ないから、二俣川の免許センターに行って牽引免許の一発試験を受けに行きました。

____すごいですね。トレーラーバックとかどうだったんですか?

マズール:もう無我夢中でやりました。2回目で受かったんですが、その会社にまた電話したら「もう募集してないです」なんて言うんですよね。もう仕様がないから「どうせ牽引免許も取ったしトレーラードライバーを目指そう」と思ったんですね。そこであちこち電話していたら、受け入れてくれる会社があって無事、就職できました。免許センターの大型は中型みたいなものだったので、最初に大型に乗るのはものすごく緊張しましたね。働きだしたら働きだしたで、横乗りの時点で先輩にあまりにも怒鳴られるから、トラックの鍵を置いて「辞めます」って言ったら、「ダメだよ。お前を一人前にしてやるよ」と言ってくれて、どうにか続けることができたりと、大変でした(笑)。

アルフレッド:結果的に、いい人だったんですね。

ブラジルから帰ると、車庫にはボルボが

マズール:ただ一人になってこの仕事を始めてみると「こんな最高な仕事はないな」と思いましたね。 その会社は1年半ぐらいで倒産しちゃったんですけどね。荷主の所長の方が、良い方で、現在の会社を紹介してもらったんです。それからは、もうずっとこの会社ですね。それで3年前、ちょうど国産からボルボに乗り換える時に、家族全員と奥さんのお母さんも連れて、みんなで記念にブラジルに行きました。それでブラジルから帰ってきた時に、ヨシノの営業の方とアルが車庫で待っていてくれたんですね。ボルボを見た瞬間、ものすごく感動しましたね。

アルフレッド:マズールさんがすごいのは、ものすごく苦労されてるんですけど、来たチャンスを逃していないんですよね。

中西:本当ですね。やはりドライバーはマズールさんの天職ですか?

マズール:天職ですね。私はもう他の仕事はしたくありません。この仕事を死ぬまでやりたいです。ただもっと長距離はやりたい。もっとあちこち行きたいんです。たまに仲間と一緒に長距離を走ったりするのですが、私だけいつも元気いっぱいなんです。「もっと走ろうぜ」という気分で、仲間に煙たがられています(笑)。

YouTubeで、外国で働くブラジル人ドライバーを知る

____マズールさんはもちろんブラジルでもドライバーが出来るし、英語もできるから他の国でもトラックドライバーをできますよね。「他の国に行ってみたい」という気持ちはありますか?

マズール:それはないですね。日本が一番いいです。 YouTube で他の国でドライバーをしているブラジル人の動画をいろいろ見るんですが、イギリスなんか道が狭くてイヤですね。やるんだったら日本以外なら、アメリカが良いですね。やっぱりブラジル人でキャリアカーを運転しているドライバーがいるんですが、ピータービルトなんかのボンネットトラックを運転している姿はカッコイイですね。でもアメリカは道が広いけど、運転するとなると結構、狭い場所もあって大変らしいです。ブラジルだって街の中に入ると狭くて大変ですよ。

____ブラジルで「ドライバーをやりたい」という気はないんですか?

マズール:ないですね。向こうは、やはり危ないです。すぐ犯罪に巻き込まれてしまいます。ブラジルを走るトラックには全部 GPS が付いていて、自分が停車したい場所で停車することができないんです。予定のない場所で停車すると、すぐにトラックがロックされちゃうんですよ。それはペルーも同じじゃないかな。

南米でドライバーをするには環境がハードすぎる!?

アルフレッド:ペルーもトラックは危ないですよ。トラックはゆっくり走っているから、こっそり乗り移られちゃって強奪されたりすることもあるみたいです。

マズール:そうなんだよね。ガソリンスタンドにレストランやスーパーなんかが全てあって、そういう場所でしか停車して休憩できないんです。変なところに停車しちゃうと、あっという間にトラックが強奪されちゃうから。今は少ないですけど、ドライバーが殺されたりもします。今の奥さんといずれは「ブラジルに帰ろう」という気持ちがありましたが、今は全くないんですよ。ブラジルにはママがいるからママには会いたいんですけどね。こっちにママを呼びたいと思ってるんですが、「飛行機に乗りたくないから来たくない」って言うんですよ(笑)。

____まだまだ日本で働かれる覚悟なんですね。

マズール:そうですね。今はとにかくボルボに乗ってることだし、もっともっとボルボに乗りたいんですよね。私は休むよりとにかく仕事がしていたいタイプなんだって最近、気づきました。国産に乗っていた時は、週末にトラックは乗りたくなかったんですよ(笑)。でもボルボだと、なぜモチベーションが上がるんでしょうね。私には不思議なんです。

中西:ああ。そのセリフはものすごく嬉しいですね(笑)。

マズール:みんな、そうなんですか?

中西:ボルボに乗り換えられると「もっともっと乗っていたい」というドライバーの方は、すごく多いですね。結果、仕事も多くこなせる。それがボルボを販売していて一番、嬉しい言葉なんです。

ファストエレファントに期待すること

マズール:そうです。それとボルボ仲間が飾ってると、自分も同じようにどんどん飾りたくなってくるんですよね。いつも車を綺麗にしていたいとか、いろんなモチベーションにつながっている気がしますね。 私も今年で46歳になりますから、今はとにかく仕事がしたいです。日本に来ると、すごく時間が経つのが早く感じるんですよね。働けるのはあと20年ぐらいでしょう!? 娘もまだ5歳だし、あと20年働いて、それからはのびのびしたいですね。

____飾りたいということですが、マズールさんから見て、ファストエレファントはどうですか?

アルフレッド:マズールさん、WEBは見てくれてるんですよね?

マズール:見てるよ。いろいろ欲しくなっちゃうのよ。色々したいけどホントきりがないよね。「なんでこんなページ作るんだよ!」って思っちゃいました(笑)。それはジョークだけど、本当にいいと思うし、今後も楽しみですね。

中西:今後は、もっとパーツを安く作れたりすると良いんですよね。

____ファストエレファントで、パーツを自社開発できるといいですよね。

中西:最終はそこですよね。今後はケルサーじゃなくて看板商品をFE(ファストエレファント)オリジナルにしたいですね。

マズール:ファストエレファントのパーツを買ったら、アルが着ているTシャツをプレゼントするとかね。アルは自分だけ着ちゃってズルイよ(笑)。

アルフレッド:(笑)。いまファストエレファントのメンバーには女性が3人いるのですが、みんな口々に「パーカーが欲しい」って言うんですよね。Tシャツじゃなくて。でも僕は暑いからパーカーは嫌なんですよ(笑)。

マズール:いいですよね。ロング T シャツも欲しいな。サイズは4 Lで(笑)。

アルフレッド:いずれにしてもファストエレファントのパーツは、徐々にこれから増えていきますよ。

マズール:私も来年以降は、少しずつ新しいパーツを取り付けていきたいなと思ってるんですよ。 楽しみだな。

マズール・オズワルド様
1973年ブラジル生まれ。1996年、初来日。2009年より大型トレーラー乗務員として株式会社kmfts(ケイエム・フィッツ)コーポレ―ション入社。現在に至る。
株式会社kmfts(ケイエム・フィッツ)コーポレ―ション

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